【お礼】新年のご挨拶

アカデミーキャンプより、謹んで新春のお慶びを申し上げます。

昨年も当キャンプへのご参加とご支援、誠にありがとうございました。本年も引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

昨年はスマートスピーカーをはじめとする新しいテクノロジーが家庭にも浸透をはじめた年でした。こどもたちが「OK グーグル、宿題やっといて」と言ったら出来てしまうような世界が、もうすぐやってきます。「いや、宿題は手でやる (手書きでやる) ものだし、スマートスピーカーでは出来ないし、出来たら駄目でしょう」と仰るかもしれません。でも、こんな風に考えられないでしょうか。

  • 大人は他人に読ませる文書を手書きなんかしないのに、なぜこどもたちは手書きの訓練をずっとしているのでしょうか。宿題をメールで提出するくらいの訓練は今からやっておいた方がよいのかもしれませんし、それすら時代遅れになる可能性大です。
  • メモは手書き、というのは常識かもしれませんが、音声認識の技術もどんどん世の中に入ってきています。人工知能と話し言葉で対話しながら考えをまとめていく世界がもうすぐやってきます。
  • 手先の器用さを育むための反復練習は大事かもしれません。ですが楽しくすればこどもたちは勝手に反復するのではないでしょうか。そして手先が器用になったとして、デジタルものづくりが発達した未来の世界でどの程度の役に立つでしょうか。
  • 人工知能に助けてもらって、何が困るのですか?例えば、もし私たちが今、運送会社を経営しているとして、走るのが速い人と自動車を運転できる人ではどちらを採用したいでしょうか。採用時に走って荷物を届ける能力を測ることにどのくらいの意味があるでしょうか。同じようなことが、人間の知的能力についてもすでに言えます。スマホを持たない状態での能力を測るより、スマホを持った状態での能力を測った方がはるかに実際的な意味があります。スマホは持っているからです。
  • 結局、条件さえ揃えてあげたら今でも人工知能やロボットにやってもらえるようなことを、人間がわざわざする理由はありますか。

「まあ言いたいことはわかるけど、こどもたちが生身で感じたり、やったりすることから得られる驚きとか感動とか発見とか、そういうことが大事なのでは?」と仰るかもしれません。激しく同意します。だとしたら、今、日本の学校で出題されているような、「苦行」のような多くの宿題に、何の意味があるのでしょうか。

こどもたちが飛び込んでいき、自ら拓いていく未来の世界と、こどもたちを囲む現在の学びの環境には、大きなギャップがあり、私たちは危機感を抱いています。危機感を抱くだけでなく、いろいろなことを試して、少しでも現状を打開していけるように、こどもたちが世界によって変えられるのではなく、世界を変えていけるように、これからも努力を続けて参ります。どうぞよろしくお願いいたします。

だるま