【お礼】新年のご挨拶

アカデミーキャンプより、謹んで新春のお慶びを申し上げます。

[一機のベコは通常の3倍のスピードで接近します!]

昨年も当キャンプへのご参加とご支援、誠にありがとうございました。本年も引き続きどうぞよろしくお願いいたします。昨年はすべての活動をオンラインで行いましたが、今年は未だ未だ試し足りないオンラインの可能性の探求とともに、少しずつでも物理キャンプを再開していければと思っております。

昨年春の物理キャンプ (すっかりキャンプと言えば物理的、の前提が崩れましたね!) を中止してオンラインに移行したとき、映画「12 モンキーズ」の 1 シーンを紹介しました。主人公が「ウイルスが大事なんじゃなくて、命令に従うことが大事なんだな。言われた通りにすることが」(“This part isn’t about the virus at all, is it? It’s about followin’ orders. About doin’ what you’re told.”) と憤るシーンです。もちろん、大事なのは命令に従うことや言われた通りにすることではありません。ウイルスに対策することです。みなさんもそう思いますよね?

ところでみなさんはお年玉をもらいましたか?お金というのは不思議なツールです。暖かな気持ちを伝えることもできれば、人に言うことを聞かせ、やりたくないことをやらせるためにも使えます。

お金は最初からこの世に存在したわけではありません。人類史の中で、途中で発明されたのです。お金の最も重要な機能は、おそらくですが、それがないと食べ物を手に入れられないことです (少なくとも、お金を使わずに食べ物を手に入れることが例外的な行動になります)。お金がない世界では、自分たちで狩りをしたり、漁をしたり、自然に生るものを採ったりすれば食べ物を手に入れられたのですから、私たち人類の社会の多くが、わざわざお金の仕組みを導入したのは本当に不思議です。生業をもって、それで稼いだお金で食べ物を買うのは二度手間で面倒ですし、いざというときに食べ物を売ってくれる人がいなければ自分が飢えてしまうからです。

いやいや、そうやって専門性が分かれたから文明は発達したんじゃないか、と反論する人もいるかもしれません。結果論としてはそうなのかもしれませんが、初めて「お金が使われる世界」の入り口に立った人の気持ちになって考えてみてください。これまで食べ物は自分たちで手に入れられたのに、明日からお金で買ってくれと言われるのです。不安になりませんか?国が、不安に思うことはありませんよ、といざとなったら補償してくれるのでもなければ到底受け入れられないはずです。国は、その補償をするために税金を集めます。あれれ?ここでもお金が必要になるなんて、何だかうまく騙されているような気もします。

そして疫病は昔から国家の天敵でした。国は人が集まってできていますから、本来的に「密」なのです。密なところでは疫病が流行ります。みんなにお金が回るように仕事が分かれ、分業している社会では、疫病で一部の人々が動けなくなると、その部分の働きが損なわれ、社会が機能不全に陥ります。かといって、働きが損なわれないようにすると、人が接触し、疫病が伝染します。社会全体が少し休めばよいのですが、誰もが考えることは、そうは言ってもお金を稼がなければ食べ物が手に入らないのですから、仕事を休むわけにはいかないということです。

命令に従うことや言われた通りにすること (例えば “Go To 〜” と言われたら、お金の論理に従って危険を顧みずに移動すること) ではなく、ウイルスに対策することが大事だと、みなさんが本当に思うなら、いずれはこの社会の仕組み全体に手を入れていかなければならなくなります。

さて、みなさんならどんな風に社会の仕組みに手を入れますか?遠慮することはありません。これは、みなさん自身が生きていく近い未来の社会を、みなさん自身がどうしていきたいか、というお話なのです。ぜひアカデミーキャンプで一緒に考えられるとよいですね。

【お礼】新年のご挨拶

アカデミーキャンプより、謹んで新春のお慶びを申し上げます。

昨年も当キャンプへのご参加とご支援、誠にありがとうございました。本年も引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

そして、昨年10月12・13日、東日本を中心に襲った台風19号による被害に遭われ、今も日常を取り戻すべく奮闘しているみなさまに心よりお見舞いを申し上げます。

2020年がやって来て、いよいよ21世紀も本番を迎えました。このお礼のご挨拶では、21世紀生まれのみなさんに、台湾でデジタル担当大臣を務めるオードリー・タンさんについてご紹介します。

詳しくはこちらの記事をご覧ください。そこから引用します。
https://news.yahoo.co.jp/feature/1517

彼女は中学に通うのを途中でやめ、全台湾の小中高生が参加する科学コンクール「科展」に向けた自宅学習に切り替えていた。そして科展の応用科学部門で1位を取ったオードリーさんは、好きな高校に無受験で進学できる特権を得た。通っていた中学の校長は彼女に、こう言って高校進学を勧めたという。
「あなたが憧れる米有名大学の教授と一緒に仕事をするには、良い大学に入らなければ。そのためには良い高校に行く必要がある。あと10年は学校で勉強すべきでしょう」
しかしそのときすでに、オードリーさんは米大学教授たちとインターネットを通じて直接やりとりをしていた。彼女はそのメールのやりとりを見せて「もうすでに教授たちとは一緒に仕事をしています。高校へ行く意味はなんでしょうか」と問いかけた。すると校長は1、2分黙った。そして「もう学校に来なくていいよ」と言ったという。

これまでアカキャンに参加し、そしてこれから参加するみなさん。みなさんもオードリーさんと同じように、アカキャンを通して、大学等で研究している研究者たちや学生たち、アーティストたち、アスリートたち、職業人たち、起業によって新しい職業を創り出す人たち、職業という概念を壊す人たちなど、プロフェッショナルに活躍している大勢の人々とつながり、直接やりとりして、一緒に仕事ができます。学校に通いながらでも社会に参加し、問題があると思ったら、そこを直していくことができます。学校を卒業して、いわゆる「社会に出る」まで待つ必要などありません。みなさんもすでに社会の一員なのです。

今年のアカキャンは、オリンピック/パラリンピックの影響もあり、例年とは異なるスケジュールになると思いますが、これまで以上の体験の機会を用意して、みなさんをお待ちします。最初のキャンプは3月20-22日、磐梯での開催です。みなさんと会えることを楽しみにしています。

MSSU18 (でにンダー18歳) たちへ、敬意を込めて。

2020年はレイ・ワニ年(ねん)
[2020年はレイ・ワニ年(ねん)]

【お礼】新年のご挨拶

アカデミーキャンプより、謹んで新春のお慶びを申し上げます。

昨年も当キャンプへのご参加とご支援、誠にありがとうございました。本年も引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

「大人がこどもを守るだけではなく、大人とこどもがともに未来を守る時代になった」

これは、テレビアニメ「新幹線変形ロボ シンカリオン」第2話の台詞です。ただ、「テレビアニメ」という呼び方には語弊があるかも知れません。このアニメの主な対象であるこどもたちの多くは、おそらくテレビ放送をその時観たり録画したりするかという意味では、この作品をテレビでは観ていないだろうからです。また、上の台詞は、大人ではなく小学生が (新幹線なので) 運転士としてロボットに乗って戦うことに理由を与えるために編み出された、一種の方便でしょう。ですが今、ロボットに人が乗って操縦するという、昭和47年の「マジンガーZ」以来のロボットアニメ定番の設定自体に、リアリティが失われはじめています。掃除用ロボットや、昨年デモされて話題を呼んだ全自動お片付けロボットシステム、そして実用化が進む自動運転車など、現実のロボットは操縦されるのではなく自律的に動作するからです。「ガンダム」(操縦されるロボットのひとつの到達点) よりも、「ドラえもん」(自律動作するロボットのひとつの到達点) の方がリアルな世界に、私たちの現実はどんどん近づいているかのようです。おそらく、当然のように鉄道などもすべて自動運転化されている未来、人々は「なぜ昔のアニメではロボットに人が乗って操縦していたのか?」と怪訝に思うことでしょう。

一方、「大人とこどもがともに未来を守る」という言葉には、今まさに必要とされるリアリティがあります。未来社会の主人公は、他ならぬ今のこどもたちだからです。技術的・社会的環境がめまぐるしく変わりつつある現代、学校教育に代表されるような、私たち大人がこどもたちに下げ渡す未来は、どう転んでも時代遅れになるでしょう。そんな中で、こどもたちが実際に生きるだろう未来の姿を守るためには、大人とこどもが力を合わせる以外に方法が見当たりません。

そのためには、大人たちが今、未来に向かってもがいているように、こどもたちがもがくことを良しとするのでしょう。例えば、創造的かつ破壊的な仕事をするために「現状から (10% ではなく) 10倍よくするためには?と考えること (10x Goals)」を、こどもたちに投げかけてもよいのかも知れません。

10倍よい未来には、今やっていることの延長では決して到達できません。今やっていることを壊したり、自分がやらずに済ませるようにすることが必要になります。「宿題を自分がやらずに済ませるようにすること」を探求した昨夏のキャンプ「オッケーグーグル、宿題やっといて!」では、そのことを先取りしたと言えるかも知れません。オートメーション (自動化) は、いずれにしても鍵なのでしょう。

オートメーションによって、人間が物事に介入する機会は減るが、いざ介入しなければならない時には (物事がよほどうまく行かなくなっているのだから) より高次・高速な判断が必要になるという「オートメーションのパラドックス」は事実でしょう。だとしたら、人間自身が、その新しい環境に適応して変わっていかなければなりません。その答えの無い新しい未開にこどもたちがチャレンジしていくことを、私たちは妨げてはいけないと思いますし、その邪魔をする足枷 (古い常識・良識) からは、私たち自身が訣別する必要があるでしょう。

平成最後の新年という節目を迎えて、アカデミーキャンプからは次のメッセージを以てこの挨拶を締め括りたいと思います。

今度こそ昭和にさようなら。

10x Goals

【お礼】新年のご挨拶

アカデミーキャンプより、謹んで新春のお慶びを申し上げます。

昨年も当キャンプへのご参加とご支援、誠にありがとうございました。本年も引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

昨年はスマートスピーカーをはじめとする新しいテクノロジーが家庭にも浸透をはじめた年でした。こどもたちが「OK グーグル、宿題やっといて」と言ったら出来てしまうような世界が、もうすぐやってきます。「いや、宿題は手でやる (手書きでやる) ものだし、スマートスピーカーでは出来ないし、出来たら駄目でしょう」と仰るかもしれません。でも、こんな風に考えられないでしょうか。

  • 大人は他人に読ませる文書を手書きなんかしないのに、なぜこどもたちは手書きの訓練をずっとしているのでしょうか。宿題をメールで提出するくらいの訓練は今からやっておいた方がよいのかもしれませんし、それすら時代遅れになる可能性大です。
  • メモは手書き、というのは常識かもしれませんが、音声認識の技術もどんどん世の中に入ってきています。人工知能と話し言葉で対話しながら考えをまとめていく世界がもうすぐやってきます。
  • 手先の器用さを育むための反復練習は大事かもしれません。ですが楽しくすればこどもたちは勝手に反復するのではないでしょうか。そして手先が器用になったとして、デジタルものづくりが発達した未来の世界でどの程度の役に立つでしょうか。
  • 人工知能に助けてもらって、何が困るのですか?例えば、もし私たちが今、運送会社を経営しているとして、走るのが速い人と自動車を運転できる人ではどちらを採用したいでしょうか。採用時に走って荷物を届ける能力を測ることにどのくらいの意味があるでしょうか。同じようなことが、人間の知的能力についてもすでに言えます。スマホを持たない状態での能力を測るより、スマホを持った状態での能力を測った方がはるかに実際的な意味があります。スマホは持っているからです。
  • 結局、条件さえ揃えてあげたら今でも人工知能やロボットにやってもらえるようなことを、人間がわざわざする理由はありますか。

「まあ言いたいことはわかるけど、こどもたちが生身で感じたり、やったりすることから得られる驚きとか感動とか発見とか、そういうことが大事なのでは?」と仰るかもしれません。激しく同意します。だとしたら、今、日本の学校で出題されているような、「苦行」のような多くの宿題に、何の意味があるのでしょうか。

こどもたちが飛び込んでいき、自ら拓いていく未来の世界と、こどもたちを囲む現在の学びの環境には、大きなギャップがあり、私たちは危機感を抱いています。危機感を抱くだけでなく、いろいろなことを試して、少しでも現状を打開していけるように、こどもたちが世界によって変えられるのではなく、世界を変えていけるように、これからも努力を続けて参ります。どうぞよろしくお願いいたします。

だるま

【お礼】ロンドンでのチャリティーコンサート

St Pancras Church にて演奏する青葉市子さん
[St Pancras Church にて演奏する青葉市子さん]

いつもチャリティーを通してアカデミーキャンプにご支援をいただいている大和日英基金と、そしてミュージシャンの青葉市子さんのご厚意により、12月4日(月) 19:00-20:00 (英国時間)、ロンドンの St Pancras Church にてチャリティーコンサートが開催されました。

100人ほどが聴きに来てくださり、チャリティーでは、福島のこどもたちとアカデミーキャンプへのご寄付が呼びかけられました。

青葉市子さま、大変お世話になった小川さまはじめ大和日英基金のみなさま、そしてコンサートを聴きに来てくださり、現金や GlobalGiving を通してご寄付をいただいたみなさま方に、深く感謝いたします。ありがとうございました!